主催:アース製薬株式会社 共催:朝日新聞社メディアビジネス局
五箇 公一(ごか・こういち)先生生物多様性の保全に取り組む生態学者
国立環境研究所 生態リスク評価・対策研究室 室長、保全生態学者
1990年、京都大学大学院修士課程修了。96年、博士号取得。 同年12月から国立環境研究所に転じ、現在は生態リスク評価・対策研究室室長。専門は保全生態学、農薬科学、ダニ学。テレビや新聞などマスコミを通じて環境科学の普及啓発に力を入れている。
私は普段、生物多様性の保全に取り組んでいます。生物多様性とは、いろいろな種類の生き物が地球上に生きているというだけではなく、遺伝子レベルの多様性、生態系システムの多様性など、生物の織り成すさまざまな世界も含まれます。そして地域ごとに独自の生態系が進化することで、いろいろな種類の生き物が地球上の隅から隅まで生活できる生物圏と言われる空間を安定して維持できるのです。私たち人間もこのような生物圏から水や空気、食べ物といった生命の必須基盤を供給されています。人間にとって生物多様性は生きていく上で切っても切れない関係にあるのです。
しかし近年、この生物多様性が脅かされています。その要因は、地球環境の変動です。人間は化石燃料を掘り出しましたが、廃棄物は自然界では分解できず、環境汚染を招きました。また大量に吐き出される温室効果ガスなどが、地球温暖化を引き起こしました。さらに森林破壊、乱獲、外来種の持ち込みによって、生き物たちの世界がどんどん壊されていき、数を減らしていきました。
こうした生物多様性の破壊によって引き起こされたのが、感染症リスクの拡大です。人間が登場するはるか昔から、ウイルスたちはそれぞれの土地で野生動物と一緒に進化を繰り返して共生関係をつくり上げていました。また、動物集団の一種が増えすぎて生態系のバランスが崩れるようなことがあれば、動物にとりつき病気を引き起こして数を減らす天敵の役割も担っていました。しかし、生息地が破壊されることで、野生動物の住処が奪われ、ウイルスたちも住む場所を失くしました。そこで仕方なく「じゃあ、人間にとりつくか」とウイルスは人間の世界にやってきたのです。これが新興感染症で、SARSウイルス、HIV(エイズウイルス)、そして新型コロナウイルスなど、今まで人間社会にいなかったウイルスたちです。野生動物の中でおとなしくしていたウイルスを、私たち人間が連れてきてしまったのです。生物多様性を破壊したがゆえに起こった問題であることを、私たちは理解しなくてはいけません。
この状況から脱するには、生き方を変えていくしかありません。生物多様性の破壊をこれ以上進めない、そのために自然共生社会を構築することが必要になってきます。正しい共生とは、人と動物の双方が住み分けをする「ゾーニング」です。今、私たち人間は動物の世界をどんどん侵食して、破壊を繰り返し、動物たちも鹿や熊や猪などが人間社会に入り込み続けています。このアンバランスな状態から、昔のように「ゾーニング」という適正な関係を取り戻していくことが大切になってくると思います。生物多様性の保全は、人間社会を守るための安全保障であると肝に銘じていただければ幸いです。